匂い |
「香り」といえば、
美しい色彩が目に浮かぶかと思う。
では、「匂い」となると
どんな色彩がうかぶだろうか。
勿論、「匂い」にもいろいろある。
悪臭、体臭、加齢臭・・・こんなものは
色彩なんて暢気なことを
言っている場合ではない。
敢えて、色に例えれば
どす黒い、濁った色合いしか浮かばないだろう。
では、こんな「匂い」はどうだろうか?
まずは、「大正館」の店内に漂う
珈琲の匂い・・・これは香りと言うべきか?
でも、ある種「匂い」とも言える。
さらに付け加えるなら
店主のつくる“焼きサンド”と
セットにしてもらえると
ひじょうに嬉しい「匂い」になるのだが(笑)。
さて、私の場合、
「匂い」にはたくさんの思い出があって
その色彩も明るく鮮やかなものから
暗く静かに堕ちてゆくようものまで浮かんでくる。
それも、不思議と
どの「匂い」も
十代や二十代に染みついたものなのだ。
一番、私のなかで
長い付き合いの「匂い」は
古本のカビ臭さ、だ。
これは、もう自分の体臭とも呼べる。
そして、もう最近では
あまり嗅ぐことも少なくなったが
レコードの匂い、だ。
これは、レコードというより
レコードスプレーの「匂い」かもしれない。
ある年代の、経験ある方なら
もう何の説明も不要だろう、
あ、そうそう!と頷いてくれるはずだ。
その流れでいくと、
ギターケースを開いたときの「匂い」も
私の胸をときめかせてくれる。
やはり、これも楽器用のワックスの
それかもしれないが。
そして、私のなかでは
この「匂い」が生涯のなかで
私のある時期を、もっとも輝かせてくれた。
それは、
油絵具のそれだ。
しかも、その「匂い」は多彩な色合いを含み
その時々の私の気持ち次第で、
さまざまに変化するのだ。
ひとによっては、
否、もしかしたら大半のものが
この「匂い」は苦手だというかもしれない。
現に、当時、
私の部屋に遊びにきた友人の何人かは
「この匂いだけは、ダメだ」といって
早々に部屋から退散したものも居た。
私は、自分で描きはじめたから
この「匂い」に慣れたわけではない。
初めて、この「匂い」を嗅いだとき
あ、好きだな、と感じたのだ。
多分、そう感じた人間が
油彩を始めるのかもしれない。
この油彩特有の「匂い」は
ほかの好きな「匂い」同様に
なにかの拍子に、ふっと
遠い記憶と共に甦ってくる。
実は、今日、
ひとと待ち合わせた場所が
某画材店の前だった。
少し早めに着いた私は
何気なくウィンドウを眺めたら
デッサン用の石膏像と
イーゼルに架けられた真っ白な
カンヴァスがディスプレイされていた。
それが目に入った瞬間、
あの「匂い」が甦ってきて
一瞬、くらっとしたのだ。
ただ、それだけのことだが、
なぜか、
とても穏やかな懐かしがこみあげてきた。
本日も、ご来店、ありがとうございました。
店主に代わりまして、お礼申し上げます。
明日、あなたはどんな「匂い」を思い出し、
懐かしい日々が甦るのだろうか。
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