雪景色 |
目が覚めて外を眺めたら
一面真っ白な世界になっていた。
誰かが言った、
「まるで雪が、
この世の醜いものを、
すべて隠してくれているようだ」と。
すでにこの時間は
店主が店を開け
せっせと、店前の雪を掃いのけている頃だ。
少し苦めの珈琲を飲むには
うってつけの日になるだろう、今日は。
朝から、こんな詩を思い出した・・・
そらにはちりのやうに小鳥がとび
かげらふや青いギリシヤ文字は
せはしく野はらの雪に燃えます
パツセン大街道のひのきからは
凍つたしづくが燦々(さんさん)と降り
銀河ステーシヨンの遠方シグナルも
けさはまつ赤(か)に澱んでゐます
川はどんどん氷(ザエ)を流してゐるのに
みんなは生(なま)ゴムの長靴をはき
狐や犬の毛皮を着て
陶器の露店をひやかしたり
ぶらさがつた章魚(たこ)を品さだめしたりする
あのにぎやかな土沢の冬の市日(いちび)です
(はんの木とまばゆい雲のアルコホル
あすこにやどりぎの黄金のゴールが
さめざめとしてひかつてもいい)
あゝ Josef Pasternack の指揮する
この冬の銀河軽便鉄道は
幾重のあえかな氷をくぐり
(でんしんばしらの赤い碍子と松の森)
にせものの金のメタルをぶらさげて
茶いろの瞳をりんと張り
つめたく青らむ天椀の下
うららかな雪の台地を急ぐもの
(窓のガラスの氷の羊歯は
だんだん白い湯気にかはる)
パツセン大街道のひのきから
しづくは燃えていちめんに降り
はねあがる青い枝や
紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや
もうまるで市場のやうな盛んな取引です
―1924年・大正13年。
宮沢賢治が刊行した、『春と修羅(第一集)』
(または『心象スケッチ 春と修羅』)より
「冬と銀河ステーション」だ。
こんな詩を読んでいると、
心のなかの、もう一人の私の声が響く・・・
お前の拙い文章など、もういらない。
いま一番欲しいのは、
店主の淹れる、熱く、苦い珈琲だけだ、と。
本日も、ご来店、ありがとうございます。
店主に代わりまして、お礼申し上げます。
明日もまた、私は図々しくも拙い文章を書くでしょうが、
店主の淹れる珈琲だけは、明日も極上の味です。
▼シマノコーヒー大正館HP
http://www.koedo.com/taisyoukan/