私の大学 |
マキシム・ゴーリキーという
ロシアの作家(1868-1936)が書いた
『私の大学』という小説をご存知だろうか。
その昔、私が浪人生時代に
この小説と出会い、
「大学だけが、ほんとの大学じゃないぞ」
などと、うそぶいていた。
だが、本音を言えば、
受験に合格する自信のない自分の
体の言い逃げ道代わりに使っていただけだが。
当然のことながら、この小説自体は
そんないい加減なものでは断じてない。
ゴーリキーの名誉にかけて、記しておく。
さて、この小説の内容を大雑把に記すと・・・
働きながら大学を目指す主人公が、
社会の底辺で働く環境のなかで
さまざまな職種や経歴を持つ人々と出会い、
そこから知恵や人生を学んでいくというもの。
これは、実際まともに学問を学べる境遇になかった
作者の自伝的(体験した)小説でもある。
つまり、こうした人々に出会った社会こそ、
ほんとうの意味で『私の大学』ということだ。
まあ、こう書いてしまうと、
青クサいなぁ~ばかばかしい~などと
いまの若者には一笑にふされて話は終わる。
だから、こちらもそんな話はめったにしないが、
先日「大正館」のカウンターに
ひとり座っていたら、急にその小説を思い出した。
別に、「大正館」がロシアの
安酒場に見えてきたわけではない。
慌ただしい店内で珈琲を飲んでいたら
たくさんの人の会話が聞くでもなく
耳に飛び込み、ああ、いろんなひとが
こうして毎日生きているンだなぁ、などと
妙な感慨にふけっていたせいだと思う。
しかし、よく考えれば、当店には
老若男女はもちろん、
さまざまな職種や経歴を持つ人たちが訪れ、
黙って座っているだけで
さまざまな人生の断片を垣間見ることができる。
そうそう、常連さんの方々も
一筋縄ではいかないような方たちばかりだし(笑)
第一に店主自身の人生も人並み以上のドラマだ。
そんな人たちと珈琲を飲みながら
同じ空気を吸い、同じ時間を共有していると
ほんとにたくさんのこと、
絶対に学校なんかでは教えてくれないことを
これでもかというくらい学べるのではないか。
そう考えると
最もこの小説の主人公に似た立場にいる
土・日曜・祝日にアルバイトとして
厨房内で店主を助けている学生らが
一番感じるのではないだろうか、
「大正館」こそ、『私の大学』だ、と。
ン?このオチは、「ありえね~」
・・・ってか(苦笑)。
本日も、ご来店、ありがとうございました。
店主に代わりまして、お礼申し上げます。
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